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少年サン・ジュスト⑥

 教会の鐘が鳴り響いた。扉が開き、洗礼式を終えたばかりの夫婦が現れた。
 地に引きずりそうなほど長いレースのケープで覆われた赤ん坊を腕に、盛装をした母親と父親。その後ろから、やはり盛装に身を包んだルイとルイーズが続く。
 子供の母親がルイーズの友人だったので、2人に名付け役を頼んだのだ。 
 ルイがルイーズの方を向いて微笑みかけた。レースの白いシャツに銀のピアスが映える。
 その笑みの意味がいやになるほど理解できた。

 ルイーズは気の重い笑みを返した。
 ルイは次は自分たちが主役になることを夢見ていた。2人がブーケを投げて結ばれる日。
 実行するのは困難だった。
 父のジュレ氏は没落したシュバリエ(騎士)の家に娘をやるのは猛反対だった。
 ルイーズにとって、親の反対などどうでもよかったが、ルイの反応が不安だった。
 反対されてムキになり、過激な行動を取るかも知れない。
 ルイーズは手にした籠の中のキャンディーと花を投げながら、どうすればいいのか悩んだ。
 一緒にパリへ逃げよう、と頼まれたら、断りはしないだろう。 
 心から望むなら、できないことなんかない。。親を捨ててもいい。
 でも、・・・・・ルイーズは自分が本当にそうしたいのか自信がなかった。

 大人も子供も足下に落ちたキャンディーを拾う。
 列が崩れ、参列者と見物人が混じり合うと、ルイーズはさりげなくルイから離れた。 
 1人になりたかった。式後のパーティー会場に向けて人が流れ始めていた。
「先に行くな」
 ルイが怒ったように袖をつかんだ。ルイーズが淋しそうに、ゆっくり立ち止まった。
「祝いの席で、そんな辛気くさい顔するなよ」
「ごめんなさい」
「相手が俺だと不安なんだろう?」
 射すくめるような視線。ルイには隠し事ができない。今は息が詰まる思いがした。
「安心しろ。何も焦ってなどいない。とりあえず学校は卒業する。その後のことは、卒業した後に考える。・・・行くぞ」
 彼はついてくるか否か確かめもしないで歩き始めた。
 苛立ちの混じった不安が肌を刺すように伝わってきた。
 ルイーズの父親の侮蔑の目と、騎士(シュバリエ)の誇り。
 その誇りと釣り合いの取れない現状。内心叫びだしたいほどの成功したいのに、微塵も顔には出さない。俗世など興味がないというかのように、超然とした横顔。引き結んだ唇。

 2人がパーティー会場へ入っていくと、ワッと歓声が起きた。
「花婿みたいだ!」
「お隣は花嫁かな?」
「乾杯!。」
「われらの名付け子のために」
「フランスの未来のために」
「輝かしい明日を祝して」 
 ルイは振りむいて、人混みの中で母親を捜す子供のようにルイーズの姿を目で追った。
 そこにいることはわかりきっているのに、そうせずにはいられない。
 しばらくして、また振りむいた。さっき見た時と何一つ変わりない。

(いつまでもそこにいてくれ)
 皆が幸せそうだった。幸せ・・幸せとは何だろう。
 自由はいつも自分の幸せのための選択を迫ってくる。
 選びまちがっても、その責任は誰にも問えない。
 女にはまだ決められた人生しかない時代だった。「何」を選ぶかではなく、「誰」を選ぶか。
 ルイーズを息苦しくさせているのは、選択肢つきの自由だった。

 ルイについて行った時の将来が見える気がした。
 彼だけを見つめ、彼だけを思い、尽くす生活。母もまたそんな人生を当たり前のものとして受け入れた。
 けれど父は母に何を考え、何を感じているかまで要求しなかった。
 父には母の思惑など見えなかった。ルイにはルイーズの気持ちが見えた。
 あまりに近さに、同質さゆえに、お互いの思いが理解できる。
 いつか2人のささいな違いさえ、許せなくなるだろう。

(こんな女ではなかった。)
と。私はいつでも変わることのない同じ「私」なのに。
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 フランソワが、どこか悲しげな笑みを浮かべて言った。
「君たちのことをとやかく言ってすまなかった。あいつの幸せそうな顔を見ていると、横から口を挟むのは悪い気がしたんだ。仲間だったこともあるし、これからは静かに傍観させてもらうよ」
 ルイーズは無言だった。

「今日はいないの?」
「ピエールと一緒よ。もうすぐ学校が始まるから、準備があるんですって」
「おかげで久しぶりに、君と2人きりになれた。」
 ルイーズは教会の入り口の階段に腰をおろした。これといった話題もないが、誰かと話していると落ち着く気がした。

「私は時々自分の考えを見失ってしまう。これはルイの意見と違っていないか、彼の好みかどうか・・いつも確認して歩いているような気がする。そうしていなければ、落ち着かなくて。彼に嫌われてしまう気がして・・」
「意外な答えだな。女はそういうのを好むとばかり思っていた」
「他の人はどうか知らないけれど、私はいつも疑問ばかり持ってしまう。黙って従っていればいいのに。なぜ可愛い性格に生まれてこなかったのだろう」
「幸せじゃなかったのか?」
 ルイーズは首をふった。
「わからない。これから何をしていいのか、何をしたいのか自分でもわからない」
 ルイーズはフランソワの肩に頭をのせた。

 昼下がりの秋の日差しは暖かく、石段も温もっていた。
 街路樹は日当たりのよい部分だけ黄葉していた


 

          

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