【フランス革命小話】18世紀を想像してみる/水もなければ悪臭ぷんぷん 

 当時の様子を想像してみる。

 電気もなければ水道もない。トイレは水洗じゃないのにパイプを使って下に落とす仕掛けになっているから年中詰まる。
 逆流してくる凄まじい悪臭は、尻の穴から入って病気をもたらすと考えられていた。
 とにかくパリは水の便が悪かった。上水のある江戸方がはるかにましだった。

 頼りになるのはセーヌだけ。井戸もない。庶民はセーヌから汲んできた水を水売りから飲料水として買うしかなかった。
 河で洗濯もすれば水浴もする。さながらガンジス河のようである。
 慣れないよそ者がその水を飲むと、たちまち下痢をするので、「天使の尻から出た河」とあだ名がついた。
 風呂用の水を確保するのは容易ではなかった。
 大袈裟かもしれないが「パリの住民の半数が一生風呂に入らない」といわれるほどだった。

 さて、フランス革命政権=公安委員会のあった場所はチュイルリー宮殿で、元王宮だから窓は大きく昼の光が燦々と差し込んだ。
 一方、議会会場は窓が小さかった。冬の午後3時ともなれば、もう薄暗かっただろう。
 換気も十分ではない。そんな場所にほとんど入浴しない男どもがギッシリ入って、喧嘩腰で議論していたのだ。さぞかし臭かったに違いない。悪臭、薄暗さ、喧嘩腰の三拍子そろった悪条件の中から、自由・平等・博愛」やら憲法が産まれてきたのだから、かれらの精神力には見上げたものがある。