クーシー城/撮影/著者

 

少年サン・ジュスト③


 サン・ジュスト家の庭先で、数カ月ぶりにルイの姿を見た。
 木陰に置かれたテーブルで、何か熱心に書いている。
「何やってるの?」
 ルイーズはわき上がる好奇心に口元をほころばせながら背後から声をかけた。

「詩、書いている」
 ルイは顔さえ上げようとしない。ルイーズは勝手に話し続けた。
「文学なの?偶然ね。私も今執筆中。プロットはできているんだけど、なかなか進まなくて。
 クーシーを舞台にした小説」
「おまえ、クーシーの何を知っている?」
 ルイが、ムッとしたように顔を上げた。
「知らない。クーシーには行ったことないもの。知らなかったら、小説書いちゃいけない?」
 ルイーズは珍しい発見をしたように、顔を近づけた。
「小説にはリアリティがなければ、読者の心をつかめない。だから作家は書く前に多くの情報を集めようとする。ルイーズ、おまえはそうした努力を1つでもしたか?」
「私、作家でないもの。あー、めんどくさい」

ルイはいきなり羽ペンを置いて立ち上がった。
「ここはうるさい。」
「どこへ行くの?」
「どこだっていいだろ。」
「ねえ、暇だったらつき合ってよ。クーシー城に行ってみたいの」
「今から?無理だよ。遠すぎる。」
「いいじゃない。まだ午前中なんだし、天気もいいし。情報を集めろ、って言ったのはあんたじゃない?」
「めんどくさい、と言ったのは、おまえだろう。それに、あそこは高くて怖いぞ」
「高いところには、もう慣れた」

 草地を横切り、低く垂れた枝を飛び越えながらルイーズが後を追った。
 村から目的地まで、10キロ以上も距離がある。2人は茂みや木立や畑を突っ切り、最短距離で目指した。
 半分まで来て歩き疲れ、行きずりの荷馬車に乗せてもらった。
 日差しで温められた藁の山で、2人は軽く眠った。
 どれだけたった頃か、荷馬車の主が「起きろ」と声をかけた。
 小高い丘の上に、それはあった。崩れかけた城壁が翼のようにどこまでも横に広がっている。
 四方に物見の塔を持ち、その内側に城下町さえあるクーシーだが、2人が城跡と呼んでいるのは、西側にある城主の館の遺跡だけだった。
 多くが崩れ去った中、かつての天守閣だった塔だけが、未だに偉容を誇っている。
 塔の中の螺旋階段を駆け上がると、両目が天空に吸い込まれるように視界が広がった。東から西へと走り抜ける風に髪を弄ばれながら、それほど広くもない屋上を一周した。
 城壁の足下に這い上がる緑は、河を越えて彼方まで続く田園の中にとけ込んでいる。
 風が、近くの木立から新芽の香りを運ぶ。
 2人は縁にそって歩きながら、もっとも眺めのいい場所を探した。

「こうして見ていると、あんまり景色が綺麗だから、この世に不幸があるなんて信じられない気がしてくるね」
 ルイーズは崩れた手すりの上で頬杖をつき、うっとりと言った。
 雲の影が、麦畑の上をゆったりと流れていく。
「実際には多くの人が飢えているのに・・・・」
 ルイが彼方を見つめながら呟いた。
「どうして飢えている人と、そうでない人がいるんだろう?」
「さあね。」
「人間は自分の人生の主人公にはなれても、絶対に作者にはなれないのね。
 作者はやっぱり神様。・・・・でも、神様って淋しそう。私ね、日曜日に教会に行ってるの。自分の幸福のためでなく、神様が幸せになりますよに、って、お祈りするために」
「変わっているな。神父が聞いたら怒るぞ。」
ルイは石ころを宙に投げた。
「俺はいつかパリで出版するために、今から資料を集めて書き溜めている。」
ルイーズが目を輝かせた。
「将来作家になるの?」

「うん、なれたらいいな・・と思う。そのために準備だけはしておくんだ」
 と言うなり、何かを思い出したように立ち上がった。
「さ、帰るぞ。またブレランクールへ向かう荷馬車をつかまえなくちゃ。」
 階段に足をかけた少年の背中を、少女の声が追いかける。
「夢は叶うよ、きっと」