サン・ジュストの生家(フランス・ブレランクール村)撮影/著者

 

第1部


 フランス中部ピカルディ地方ブレランクール村。

「ねえ、魚を取りに行かない?」 

 ルイーズは風にそよぐ枝の間に見え隠れする少年達に手をふった。 

 ちょうど遊びが一段落して、野生のリンゴでおやつを終えて、次に何をしようかと考えている最中だった少年達は顔をつきだして「行く!行く!」と叫んだ。 

 12歳のフランソワ・トランが真っ先に幹を伝って下りてきた。 

 続いて10歳のピエール・チュイリエが。 

 みんなに声をかけ、誘ったのは12歳の少女ルイーズ・ジュレだった。 

 少し離れたところに、「ルイ」と呼ばれる10歳ぐらいの見慣れない少年がいた。 

 最近村にやってきた、金髪の巻き毛の少年だった。
「ルイーズは魚手づかみにするの、うまいからな」
「バケツ、家から取ってこよう」 
 同い年の少女ルイーズはキュロットにソックス姿で周りの少年達と見事にとけ込んでいた。
 
 赤っぽい褐色の髪をスカーフで結び、やや日焼けした鼻の周辺にはそばかすが散っている。

 その容姿といい服装といい、女らしいと感じさせる部分はほとんどない。 
 唯一の違いと言えば、高いところが苦手で、木登りにはつき合わない点ぐらいなものだった。
 
 理由は「落ちるのがイヤだから」引力の法則が普及して、それほど時間のたっていない時代である。
少女の両親はこの村では裕福といわれるジュレ家の人であったが、あまり恵まれているとは言えない娘の容姿への引け目からか、それとも面倒くさいのか、放任に近い状況だった。
 それをよいことに、ルイーズは毎日のように遊び歩いていた。
 

 1776年、初夏。すでに10年以上前に「国王の収入と権力の崩壊について非常手段をとらねばならない」と叫ばれていた時代である。100年近く続いた 対外戦争、中でも最後の対イギリス戦での敗北は大規模な植民地を失い、国を傾けていた。大蔵大臣カロンヌは、「土台からやりなおす必要がある」と説いた。
 
 少年達と少女の頭の上で、歴史の歯車は崩壊にむけてゆっくりと回っている。
 その歯車の軋む音は、今はこの平和な光景を吹く風の音にかき消されてしまっている。


「ね、ルイも誘ってこようよ。魚の捕り方教えてやるの」 
 ルイは少年達からやや離れた木の下で、時々石ころを蹴りながら、ぼんやりと立っていた。
 
 仲間に入りたくていじけている訳でもなければ、拒絶しているわけでもない。
ほどほどに距離を取りながら、その場の雰囲気を共有して1人で楽しんでいる.....そんな感じだった。 
 ルイがブレランクールに現れて1ヶ月。
 何を考えているのかわかんない奴.......というのが少年達の第一印象だった。
 年下なのに可愛げがない。あえて苛めるほど底意地の悪さもなかったが、下手に手を出すとヤバそうだと本能的に感じていた。


「私、誘ってくるね!きっと入りたがっているよ」 
 目の前に立って顔を覗き込んで、はじめてルイがこちらを見た。

「川で遊ばない?。魚を捕るの。私、得意なんだ。教えて上げる」
「ふーん。いいよ」 
 少年達に追いつこうと小走りに走り出した。ルイーズがふりむくと、ルイはどんどん広がる距離など興味もなさげに悠然とついてくる。
 川岸では少年達がすでに裸足になって逃げ回る川魚を追いつめていた。
 
 5月のなま温かい水の中、鱗が煌めく。少女は靴下を脱ぎ捨てて、なるべく音を立てないように足を入れた。

「そっちそっち」
「ここを石で塞いで・・っと」 
 狙いをすまして水に手を突っ込んだ。
 
 その瞬間、むきになって追いかけ回すその手の先で、ルイがあっさりと魚をすくい上げた。
 
 しばらくして、少年の目から得意そうな光が薄れた。

(なんだ、教えてもらうほどのことでもないや。) 
 ルイは手の中で水を弾く小魚を退屈そうに放りだした。
ルイーズの方は、まだ一匹も捕れていない。偉そうに教えてやるなんて言ったのが、ちょっと恥ずかしくなった。
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 ルイーズはルイの家族/サン・ジュスト家については前から知っていた。
 
 2、3年前に余所から引っ越して来た人たちで、主人は退役した軍人。
 
 この近くにささやかな所領があるという、貴族としては最下位のシュバリエ(騎士)の称号を持っている。
とはいっても暮らしぶりは質素だったし、近所という手前もあり、それほど敷居の高い家ではなかった。その家の年下の姉妹・アンヌやマリーと遊んでやっているうちに、いつの間にか毎日のように入り浸るようになった。 
 主(あるじ)のルイ・ジャンは、ルイーズの目から見ると立派な老人で、庭先で遊んでいる娘達を、いつも窓際の椅子に座って眺めていた。家の中は、余生を送る人の家らしい、枯れた物静かな雰囲気が漂っていた。
 
 そんな有様だったから、ある日見知らぬ少年が家族の一員として現れた時には、ルイーズはびっくりして黙って見つめるだけだった。
 
 少年の方も、もじゃもじゃの金髪の下から無言できつい視線を投げてよこした。

「あんた誰?」 ルイーズはポカンと口を開けてたずねた。
「おまえこそ」 少年はひと言、吐き捨てた。
「私はルイーズ・ジュレ。近所に住んでいるの」
「俺はルイ、この家の息子だ。」
「サン・ジュスト家に息子なんていたっけ?」
「だーかーら、おまえの目の前にいるだろう!」
「今までどこにいたの?」
「伯父さんの家にいたんだ」 
 ぶっきらぼうな挨拶の後で知ったところによると、彼はこの家の長男ルイだった。
 
 伯父の元に預けられていたが、最近その人が亡くなったので、両親のもとに返されたのだという。


 翌日。ルイは一番低い大枝にしがみつき、逆上がりの要領で這い上がった。
「体が軽いと得だね」 
 真下からルイーズが叫んだ。

「なぜ登ってこない?体が重いのか?」
 彼は得意そうな色を浮かべて見下ろす。煽られて、ルイーズは顔をしかめた。
「ここに下りてきて肩を貸しなさい。あんたよりもっと上に登ってやるから」 
 草の上に寝転がっていたフランソワが起きた。

「いいよ、俺がやってやるから。無理はするなよ」 
 肩車されて幹にしがみつくと、片足が樹皮を滑って宙を蹴った。
 
 それでも何とかルイのいる場所まで到達した。
 そ知らぬ顔で、ルイがまた煽ってくる。

「で、どうする?もっと上まで行く?」 
 ルイーズは恐る恐る頭上を仰いだ。やってできない高さではない。
 
 手近な枝を足がかりに、一気に体を引き上げた。その高さでは葉にさえぎられて、姿は見えにくかった。
ルイーズは自分が透明になった気がして、得意げに叫んだ。
「いい眺め!雲が近づいた気がする。鳥になったみたい」
「大した高さじゃない」木の葉が頬を叩き、枝が束になって風に揺れた。
「俺もそっちに行きたい」下からルイが脚を突いた。「早く降りろよ! 」
「ちょっと待ってよ、危ないじゃない」 
 ルイーズが体の向きを変えて下り、逆にルイが上に登ろうとしてすれ違ったとたん

「お、落ちる! 」
「ルイ、危ない!」「あ、ああああああ!!!」 
 2人で絡み合って落ちる瞬間、チラッとフランソワが両手を広げているのが見えた。
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「落ちたの?。」 と、母親が娘の内股に出来た擦り傷を手当しながら言った。 
 ルイーズは首をふりながら、
「ううん・・一番低い枝に下りたら一緒にいたルイが落ちそうになって、支えようとしたら今度は私が落ちそうになって、あわてて太股で枝をはさんだら.......」
「で、落ちたのね?頭は打たなかった? 」
「フランソワが受け止めてくれて助かったの。みんなルイが悪いのよ。あの子、村に来たばかりだから世話してあげてるんだけどね」 
 2人が立ち上がるのと同時に、父親のジュレ氏が二階の書斎から下りてきた。
 
 母親はそっと娘の唇に指を押し当てた。

「お父様に聞こえちゃまずいわ」 
 ジュレ氏は夫人を一瞥し、
「何かあったのか?」
 夫人は、夫がポケットから出した高価な小物類を鍵付きの引き出しに片付けながら答えた。
「トラン家の息子やサン・ジュスト家のお子さん達と仲がいいみたいですの」
「シュバリエの子供達か・・・ルイ・ジャンは立派な男だ。しかし、倅のルイがあんなに幼いとは。50にもなって3人も子供を作れば仕方ないか」 
 ジュレ氏は何が可笑しいのか1人で笑い、
「あの子も親父の跡を継いで、兵士にでもなるのかね」 
 ルイーズはふと想像した。自分とは異なり、金髪で瞳も青いルイが成長し、宮廷で兵士になる図はなかなか絵になる気がした。
そういえば、現国王ルイ16世の妃マリー・アントワネットは、頭が悪いことで有名だった。
「ねえ、王妃様が字も書けないって噂、ホントかしら」 母親は(この子まで!)と眉をしかめ、「まさか・・お勉強が嫌いだったというだけでしょう。あなたが字を書くのが好きなのは認めるけど、もう少し女らしさも勉強しなくてはいけませんよ。」 
 ルイーズは小言を聞き流し、兵士になったルイを想像して笑っていた。

(軍隊なんかに入ったら、戦場でこけてるわ、きっと!ばっかみたい)