16世紀英国絵画の流れ①

トーマス・ホルバイン/1527年作/モンテスキューハウス蔵


ヘンリー8世の破壊的な宗教改革によって、それまで全盛だった修道院での写本芸術や宗教画は下火になります。
絵画の世界で「神」が座を譲ったのは王侯貴族を中心にした「人間」でした。
 スイスのバーゼルで活躍していたハンス・ホルバイン(Hans.Holbein1497~1543)は、宗教画の需要が減ったことでバーゼルに見切りをつけ、人文学者エラスムスの紹介状を手に、英国の政治家トーマス.モアを頼って渡英しました。
 しかしモアは1532年ヘンリー8世の離婚に反対したために失脚、かわりにヘンリー8世自身に仕えることになります。

 ホルバインはモアが失脚するまで4点の肖像画を残していますが、その代表作は現在モンタキュートハウス所蔵/1527年制作のこの作品でしょう。
 深い色彩と繊細な人間描写は、その後の優れた英国肖像画家の先駆者でした。
 ホルバインは大型の作品を手掛ける一方で、中世の写本装飾から生まれた細密画(ミニアチュール)の技術を学びます。

 「ミニアチュール」とは、中世写本で使われた赤色(鉛丹minium)からきた単語ですが、
16世紀では「リムリング」と呼ばれていました。
 その名の通り「limn(写本を装飾する)」なる動詞から来た言葉でした。

リスを抱く奥方/ホルバイン/1526年作
ナショナル・ギャラリー蔵


 私がナショナル・ギャラリーで魅了されたのは、ダ・ビンチでもなければラファエロでもなく、透明感溢れたリアリティあるホルバインの作品でした。
 
 1526年頃の作といわれる「リスを抱く奥方の肖像」は今でもロンドンの街角で見かけるような典型的英国女性の顔立ちに親しみを感じます。
 モデルの名は不肖ですが、元は夫の肖像画とともにワンセットとして描かれた物の片割れでした。
しかしながらホルバインの作品の中には、ヘンリー8世の妻たちの肖像のように、かなりモデルを美化したものもあり、4番目の妻のクレーフェのアンのように、実物とは似ても似つかないためにトラブルが起きたケースもありました。
 肖像画が権力者のものであった16世紀では、作品がモデルの意志によって左右されるのは必然でした。
 ホルバインが残したミニアチュールの伝統は、次世代ヒリヤードに引き継がれ、エリザベス朝で見事に開花します。

 

エリザベス1世/ニコラス・ヒリヤード
1575年作/ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵


 「英国出身の最初の巨匠」と呼ばれたヒリアードは英国南西部のサマーセット州エクセターに生まれ、始めは家業である金細工師をしていましたが、やがて生来の器用さを生かしてミニアチュール制作の道を目指しました。
 ヒリアードは晩年「細密画の技法」という著書の中で、ホルバインに刺激されて独学で学んだ、と描いています。
 ヒリアードの技法は「手に取ってみる小さな絵画には立体的な陰影はいらない」というものでした。それは20点もの肖像画を注文したパトロンである女王エリザベスの強い希望でもありました。彼の作品では、比較的大型のものであるこの肖像画(787mm×610mm)は,1575年作、エリザベス40代の堂々たる姿です。(ナショナルポートレードギャラリー所蔵)
 しかし多くの作品を生み出しながらもヒリアードはかならずしも優遇されていたとはいえず
(というより王室の経済状態が悪かったため)支給される40ポンドで生活できるはずもなく、もっぱら貴族やブルジョワからの注文に頼っている状況でした。
 エリザベスの時代の芸術的な繁栄は、エリザベスがほとんど懐を痛めることなく、女王の好みを強く受けながらも「自由に」盛り上がったといってもいいでしょう。