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ヒリアード作自画像1577年/ナショナル・ポートレード・ギャラリー蔵

 

16世紀絵画の流れ②/Nicholas Hilliardニコラス・ヒリアード


 16世紀英国の後半を代表する画家と言えば、このヒリアード。
 英国最初の巨匠と呼ばれています。
 主に女王エリザベス1世の肖像画を手掛けていますが、実は代表作はこちら、V&A博物館所蔵の名作「薔薇の中の青年」です。
 見えにくいところにラテン語で「私の誇りである忠誠心が私を苦しめる」という銘があります。この言葉と、顔立ちが似ていることから、モデルはエリザベスの愛で、彼女を独占しようとして叶わず、ついには反逆してエリザベス自身に処刑されたエセックス伯爵ことロバート・デヴァルである
ことは、ほぼ間違いないようです。

薔薇の中の青年/ニコラス・ヒリアード作

 

 愛しても愛しても報われない、己の行為を愚行と悟る空しさと、それでも抑えきれない思いに痛む胸に手を当てて、まるで自らの悲劇に酔いしれるように虚空を見つめる若い男。
 そしてこの絵が予感させるように、苦渋のうちに、エリザベスが命を奪わねばならなかった男/エセックス。モデルの人間性と運命を鋭く浮き彫りにすることを特徴とする英国絵画の先駆者といえるでしょう。

 実はこの肖像画、大きさがたったの14センチしかありません。
 それもそのはず、ヒリアードはミニアチュール(細密画)専門の画家でした。
 彼の作品としては、14センチは比較的大きい方だと言うから驚きです。

 ヒリアードの自画像は、これもまた小さいのですが、なかなかの美男子です。
 ベッカム様が黒髪になった感じ?彼は多くのエリザベスの肖像を手掛けていますが、エリザベスは、ある奇妙な要求を突き付けました。
 時あたかもマニエリスム全盛の頃、リアリティ追求が始まった時代にもかかわらず、エリザベスは彼に「一切影を描いてはならぬ」と命じました。

 ヒリアード自身の証言によれば、エリザベスは各国の肖像画の画法について語った後、「自分にはそのような細工はいらぬ」と断言したといいます。
 立体的に描くな。影はいらぬ...そういってエリザベスは庭園の日だまりの中、直射日光を浴びながらキャンバスの前に座りました。
 こうして描かれたエリザベスのミニアチュールは、ヒリアードの自画像と同じ人間が描いたとはとても思えない、いや、アングロサクソン人にすら見えない、ひどくのっぺりした東洋人的な不思議な肖像画でした。皺を描いてほしくない、という女心だったのかもしれません。

 もっともエリザベスは、気に入らない自分の肖像画は焼却処分したほどでしたから、ヒリアードに逆らいようもありません。これでヘンリー8世の時代から宮廷画家の年俸がたったの40ポンドだったのは、ちと安過ぎる気がしないでもありません。 

1572年制作エリザベス37歳の肖像画
ナショナル・ポートレード・ギャラリー蔵

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