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 ルネサンスの美女の条件は「威厳(majeste)」だった。
 この「威厳(majeste)」という言葉は、12~14世紀/中世の聖母子像のテーマでもあった。
 たくましい人間賛歌の時代は、なよなよしたペット的な愛らしい女性ではなく、愛を献上するに相応しい女王のような美女がもてはやされた。
 風俗年代作家のブラントームは、著書「風流夫人」の中で、最先端の美人について、語っている。

「背の高い、大きな女はあだっぽさ(la belle grece)や、そうした女にそなわる威厳(majeste)だけからいってもすばらしい。たとえば天下の美しい、大きな軍馬をあやつることは、小さなロバをあやつるより、100倍も気持ちよく100倍も愉快であり、騎手に大きな喜びを与える」

 これはヨーロッパ人が、人類の中でもっとも男女の体格差の大きい、長身のゲルマン系が多かったせいでもあろう。
 また、中世の騎士道精神の影響もあったはずである。
 しかし、人類の中でももっとも男女の体格差が小さいと言われる東アジアでは、こうはいかない。
 唐~宋代の中国絵画では、女性が男性より一回り小さく描かれている。
 私の知っている範囲内では、東洋で男性並に体の大きい女性を好む風潮があった話は聞いたことがない。

 上は女性が男性より一回り以上も小さく描かれている中国絵画(女史箴図巻/初唐時代の模写/大英博物館蔵)
 熊に襲われそうになった帝の前に立ちふさがる妃の姿が、隣にいる兵士や帝と較べると、子供のように小さい。


 女王エリザベス1世は身長175センチ、スコットランド女王メアリー・スチュアートは180センチあったと伝えられる。
 エリザベスはメアリーが自分より背が高いと聞いて、「それではのっぽ過ぎるわ」と語ったという。
 背が高いのと同時に肉がついていることも、美の条件だった。
「しがみついて巨人を押しつぶすほどの」丸々としたたくましい腕、どっしりしたお尻、豊かな胸」
 この時代、男も女も負けず劣らず、たくましかった。

「その当時(16世紀)のイギリスの若い貴族は、人間の一番気高い産物の1つ、つまり太陽神アポロと一等に当選した種馬との間にできた、あいのこのような人間であった。かれらは自分たちを美術家だと感じるのと同時に、行動の人だとも感じた」(ブランデス)

 同じヨーロッパでも、バロック時代に移ると、フランスやスペインのように絶対君主制/貴族社会ではしだいに女性はペット的な享楽道具と化していったのに対し、市民階級が力を誇ったドイツやオランダ、英国では、女性の健康美が尊ばれた。

「若い娘はまっすぐで、堂々としているぞ。娘はまるで石弓の矢のようにまっすぐに歩く。娘の頭と髪の毛はりっぱな冠だ。
 そして娘の放つその声は、甘い響きをもっている。若者達が後をつけるのも、もっともだ」(ニュールンベルクの謝肉祭芝居「美人試合」より抜粋)

 好色で知られたフランス王アンリ4世は、生涯100人近い側室を持ったというわれているが、そんなアンリ4世の寵愛を一時期独占したのが、側室ガブリエル・デストレだった。
 ガブリエルは、当時好まれた輝くようなブロンドに青い瞳、肌は、着ている白いサテンのドレスよりも白かった、と伝えられる。色白もまた、ルネサンスの絶対的美人の条件の1つだった。

 ガブリエルは、ある時アンリ4世が正式な王妃を迎えると聞き、王妃候補の姫君たちの肖像画を見た。
 1人はスペイン王女イザベル・クララで、黒い髪に小麦色の肌をした、引き締まった逆三角形の顔と細身の肉体だった。
 もう1人は、ぽっちゃり太り気味・色白のトスカーナ大公女マリア・ド・メディチだった。
 ガブリエルはイザベル・クララの肖像画は鼻で笑ったが、マリア・ド・メディチは「危険なライバル」だと漏らした。

 現代の我々から見ると、イザベル・クララの方が魅力的だが、当時は不美人として扱われた。一方ルーベンスの絵画で暑苦しく見えるマリア・ド・メディチは、美女だったのである。
 後に、このマリアがアンリ4世に嫁ぎ、マリー・ド・メディシスと呼ばれることとなる。

 実際ガブリエルも最初の頃はスマートで、それが引け目となっていた。前の国王アンリ3世は彼女を見たとき、「貧弱な女だ」と漏らした。やがてアンリ4世の側室となり、3人の子を生んでぽっちゃりしてくると、「王妃になることを意識してか、堂々とするようになってきた」とやっかみまじりの褒め言葉が囁かれたという。
 やがてガブリエルは、4度目のお産を前に妊娠中毒症になり、26歳で亡くなった。
 肥満は母体にも胎児にも悪影響を与える。妊娠中毒症と難産の原因になる可能性があるからだ。
 ガブリエルが早世したのも、急に太ったことが原因だったのかもしれない。

 

ガブリエル・デストレ(右)と妹の肖像/ルーブル美術館蔵。ガブリエルはアンリ4世に結婚を迫り、もらった指輪を示して、王妃になる可能性を示唆している。

                 

        参考資料
風俗の歴史 フックス著 光文社 
歴史の中の女たち 高階秀爾著 文芸春秋社
狂えるオルランド アリオスト 名古屋大学出版会
華麗なる二人の女王の闘い 小西章子 朝日文庫
世間噺後宮異聞   渡辺 一夫 筑摩書房
大英博物館公式サイト

 

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