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妊娠中の女性の肖像画/マーカス・ジーレーツ作1595年/テート・ブリテン蔵 

 




 英国では花嫁は、「婚資」を持っていくものとされた。
 これは他のヨーロッパ諸国の、いわゆる「持参金」とは、やや意味が異なる。
 たとえば自分で働いて貯金した分も「婚資」になるし、また親から受け取るはずの遺産の一部を前倒しで受け取ることもまた「婚資」であった。つまり結婚に際して「妻が分担した費用」の意味である。
 あくまで費用であって、インドの場合のように、持参金が無ければ結婚できなかったり、妻がその後虐待されるような、社会的強制力のあるものではなかった。

 1550年から1720年の間、ラプトンという村での記録によれば、住民は専業農家
(ハズバンドマン)の階級であった。娘が親から与えられた婚資39件のうち、33件は20ポンド以下だった。

 別の村アールズ・コーンでは、1550年から1800年にかけて、13件が40~50ポンドであった。
 これはだいたいその家庭の1年から2年分の収入額に匹敵した。
 ジェントルマンともなると、当然巨額になり、およそ3000ポンドから8000ポンドであったが、これもまた家庭の収入の2~3年分に匹敵した。おそらく貧農ともなれば、婚資は本人が働いて貯めた積立金か、せいぜい1~2ポンドだったろう。

 1601年、スタッフォードシャーのヨーマン階級の娘は、このような「嫁入り道具」を持参していった。

「ベッドの骨組み1つ、羽入りベッドと毛マット、洋服ダンスに枕2個、当て枕2個、掛け布団1枚に毛布を2枚、綾 織り毛布カバー、シーツ5組、枕受け台2つ、テーブルクロス1枚にナプキン半ダース、ロウソク立て2つ、塩壺、真 鍮ポット、真鍮鍋が1個ずつ、麻編みの小布9枚に麻布5枚、他に当座の資金としてすぐ使えるように10ポンド」

 実家からの婚資はたいがい半年以内に支払われた。チューダー朝の裕福な商人だったジョンソンの場合、式直前に支払われている。しかしそれは裕福だったり少額だった場合であり、時には北部のヨーマンであったジャクソン家のように3年以上かかってようやく支払い終えるケースもあった。

 他国に比べてよい立場にいた英国女性であったが、全面的によかったわけではない。
女性はひとたび結婚すると、「安全な場所に置かれている女性」すなわち「夫の保護下にある女性(covered woman)」として、婚資も自分の財産も全て夫のものになってしまうのである。

 爵位もまたそうだった。男子の相続人がいない場合、娘が受け継いだ爵位はそのまま夫が引き継ぐことになる。
 例えばジェーン・グレイの父ヘンリー・グレイは、妻のサフォーク公女フランシスと結婚したことで、サフォーク公となった。

 15~16世紀の系図を見ていると、驚くほど女相続人と結婚して貴族となり、広大な地所を相続した男性が多いことに気づく。
「逆玉」だらけの社会であった。
 中にはスタンリー家のように、相続を男子のみに限る、といった特殊な掟を持っていた貴族の場合には、死んだ長男の家族と弟家族の間で壮絶な法廷闘争が起きたりもした。

 こうしたケースを見て、メアリー・ブライアのようなややフェミニストがかった歴史家は、英国に家父長制度があったと結論づけているが、それは早計であろう。
 なぜなら、コモン・ローは「不動産所有権」と「利用権」を厳しく分けているので、夫が妻の土地を管理できるのは、あくまで妻が生きている間に限られていた。

 夫は「寡夫権(Curtesy)」として、子供がいる場合に限り、一生涯妻の所有した土地に留まる権利があった。

 もしも子供がいなければ、夫は妻の所有する土地から追い出される。
 例えば妻がお産で亡くなった場合、胎児も一緒に死亡してしまったら、夫には何の権利もなくなる。子供が産声を上げたら、かろうじて後継者を儲けた事になるので、寡夫権を得ることができた。ただしこれでは男性の立場がない、ということで、夫は子供がいなくても、死ぬまで妻の資産を使うことが多目に見られていたようだ。

 一方コモン・ローは、未亡人に対して夫の土地の3分の1を自動的に相続する権利を与えていた。
 これを「寡婦産( widow right)」という。その他にも夫の財産から一定金額を年金として受け取る「寡婦給与」という制度もあった。
 これは離婚しない限り、たとえ妻が不倫をして別居状態になったとしても、取り消しにはならなかったし、再婚しても構わなかった。

 その結果エリザベス・ハドウィックのように、再婚するたんびに裕福になっていくケースも珍しくはなかった。
 1552年アールズコートという土地では、正当な寡婦産を求めて、未亡人が裁判所に訴え出ている。
   
次は「未亡人と再婚①」
            

英国史の中の愛のかたち(3)結婚資金

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