GREENWICH PALACE
グリニッジ宮殿

 


 ※16世紀のグリニッジ宮殿のデッサン画像



ロンドン南東約10キロの地点にあるグリニッジ。
「世界標準時間」で知られたこの場所の起源は古い。
ロンドンードーバー海峡間の主要道路の中継地点にあるため、ローマ時代から軍事的な重要ポイントだった。「グリニッジ」とは、古代ブリトン語で「緑の村」の意味である。

 11世紀には河を遡ってきたヴァイキング達がグリニッジで上陸し、カンタベリーを襲撃して
大主教アルフィージを捕虜にした。しかしアルフィージはヴァイキングに服従しなかったため、グリニッジで惨殺された。現在もグリニッジ・ハイロード添いに残る聖アルフィージ教会は、その悲劇を記念して建てられたものだった。
 その教会を中心にして、グリニッジは華やかな中世を迎える。
 村には元々小さな宮殿があり、1408年には病床にあったヘンリー4世がここで遺書を書いている。その後、エクセター公の所領となり、1417年再び王室領となった。

 1427年(または1433年)、ヘンリー4世の王子/グロスター公ハンフリーは、掘と外壁、広大な庭園に囲まれた美しい館を建て「BellaCourt」と呼んだ。
 庭園は一帯のグリニッジ丘陵に広がり、200エーカー(1エーカー=約4046平方メートル)もの面積を誇ったという。

 ハンフリーが反逆罪を問われ、ロンドン塔で悲惨な死を遂げた後、この宮殿はチューダー王朝諸王によって愛用されている。

 ヘンリー7世の子供たちのうち、上の2人と最後の子はロンドン市中(ウェストミンスター宮とロンドン塔)で生まれているが、ヘンリー8世だけは、ここグリニッジ宮で誕生した。

 ちなみに仲の良かった妹のメアリー王女は、リッチモンド宮で生まれている。
 そのせいか、ヘンリー8世はこの宮殿を大変気に入っていて、増築を重ねた。
ロンドンからテムズ河を艀(はしけ)で下ってきた王室一家は、河に面した正面ゲートをくぐり、宮殿へ入った。
 1509年6月3日、ヘンリー8世は最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンとこの宮殿の礼拝堂において、ひっそりと結ばれ、同じ月の24日には、今度はウェストミンスター大聖堂で盛大に式をあげた。

ヘンリー8世の第1王女メアリーは、グリニッジ宮で生まれた。
キャサリンを追放して、王妃になったアン・ブーリンは、王妃になった時点ですでに妊娠していて、ここで出産するために高価な王室専用のベッドを運び込んだ。
 そして誕生したのが、後のエリザベス1世である。
 一説によれば、1536年5月、この宮殿の庭園で催されたトーナメントの席上、アン・ブーリンは、密通相手に合図を送るためにわざとハンカチを落とし、それを見咎められ反逆罪が露呈した、とも伝えられている。また、庭園の一角には、ヘンリーとアンが立ち寄ったとされるオークの老木が現存している。

 19世紀のウォルター・スコットの小説「ケニワースの城」では、ここでエリザベス女王とウォルター・ローリーの華やかな出会いが描かれている。
 ぬかるみに立ち往生した女王の前にサッと現れたローリーは、足下に己のマントを敷いて跪いた。エリザベスはそのアイデアに、褒美を与えようとするが、頑として受け取ろうとはしなかった。
「では、何が望みなのか?」と尋ねるエリザベスに、ローリーは、さきほど足下に敷いた
 マントの着用を認めて欲しい、と言った。
「何をいうか、元はといえば、自分のマントではないか・・・」
「いいえ、ひとたび陛下のおみ足に触れたマントは、もはや王者に相応しいもの、元の持ち主には過ぎ足るものでございます。」
 エリザベスはこの返事に満足して、黄金のチェスの駒を与えた、という。

 やがて17世紀に入ると、グリニッジも叉荒廃の時代を迎える。
 ピューリタン革命中に荒れ果てた宮殿を、王制復古後のチャールス2世王は、修理するより立て直す事にした。3棟からなるはずだった宮殿は、西側の棟が完成した時点でチャールス2世が崩御、計画は頓挫した。1692年、対フランス戦での傷痍兵を看護するための病院と
なった。設計は聖ポール大聖堂を設計したクリストファー・レーン。
 すでに完成していた西棟と広大な中庭を挟んで東棟を作る。さらにその奥にも東西に棟を
造り、それぞれを華麗な柱廊で結ぶ・・・はずだった。

 ところが後ろにあるクィーンズ・ハウス宮からの眺めが悪くなる、という問題が出て、
河から余裕をもった造りの現在の形に設計変更になった。
とはいえ、元は宮殿。病院だけに使うには豪華すぎるし広すぎる、というわけで、約100
年後の1873年、ポーツマスから海軍兵学校が引っ越してきた。

チューダー期の古い宮殿の遺構は、今は海軍学校(The old royal Naval college)の地下
に眠っている。


(次はハンプトン・コート)
 

参考資料/
Tuder History Lara E. Eakins
テムズ河 その歴史と文化 相原幸一 研究社
The History of Greenwich Palace John Timbs