top of page

 実録 「サン・ジュスト研究会の思い出」その4
             発言目録(hiroheroさんのサイト)とまとめ
             元のスレッド「美男子サン・ジュスト2」

私はあまりにも大人気ないので、喧嘩をする気にもなれず、かといって「脅しではない」と言われた以上、実行された場合「断固とした処置を取る」と言うしか ありませんでした。心の中ではT氏だと信じられませんでした。しかしレスを読み返すと、彼女が私に直接聞かせた内容、会員同士の会話、研究会やサイトが彼 女個人の所有である、という事実などと照らし合わせてみても、「T氏以外書けない内容である」と判断せざるをえませんでした。

けれど、しょせんはネット上での喧嘩であり、彼女もさんざん喧嘩をして気が立っていて、つい「出て行け」と口を滑らせたもの、だと軽く考えておりました。大学教授とも親交がある年上の女性が、まさかこのような暴言を本気で書くとは想像もできませんでした。

私は書き込みをやめるべきか迷いましたが、中止しても、第三者とT氏の間で喧嘩が起きれば、「また相手を私だと思いこむだろう」と推測し、なるべく彼女の誤解を解くよう努力しました。
私さえ彼女に歩み寄れば、きっと心を開いてくれるだろうと思っておりました。

10月末日、新しいスレができました。
私はそのスレにおいて、HNを「おサル」から「アビア」に変更しました。
以前私は「おサル」のHNを使用している2000年に、私の家族/実名/写真が主婦の友社「プラスワンリビング」に掲載され、それが2ちゃんねる上でも話 題になり、「おサル」というHNから容易に私の実名が割り出せる状況にあったためでした。当初は気にしていませんでしたが、T氏のように別ルートで私の個 人情報を知る者によって、悪用される可能性が出てきたため、「変更した方がよい」と判断したためでした。また、私のHNとトリップを使って、あたかも私が 発言したかのように見せかける騙りも出始めました。どうせつまらない悪戯行為だから、放置しておいてもいいのだけれど、研究会の方々も見ていて、T氏も書 き込んでいるスレでは、紛らわしいので、名前を変更させてもらいました。
T氏は、HNを「カメレオンI世 ◆qBS27nfd8c」に変え、その一方でジャン・バティストというHNと匿名を使い分けて書き込みをしていました。
しばらくの間は彼女に反論する人もなかったので、私たちの関係は良好に見えました。
私はほっとしました。
_____________________________
35 名前: カメレオンI世 ◆qBS27nfd8c(T氏のハンドルネーム) 02/11/07 11:46
>>25 アビア(私のHN)さん、レスどうも! これでアビアさんとは秘密を共有する仲になったね(笑。
_____________________________

11月3日だったと思いますが、私は久しぶりに研究会に参加しました。相変わらずスレッドを見ているとおぼしき人々は私に反感の目を向け、口をきこうとしませんでしたが、その他の方々は、普通に話すことができました。
私は小さな丸いテーブルの方に座っていました。眠気が差すので、時々テーブルの上に置いてあるチョコレートをつまみながら、解説に耳を傾けました。
休憩時間には、私が撮影してきたフランス旅行の写真を皆さんに回して見てもらいました。サン・ジュストに関する漫画の話題も出ましたが、私には知識がない ので、加わりませんでした。T氏は立って歩きながら「ベルバラはフランスではありえない漫画として、受けが悪いのよ」「パリのパンテオンでは、修復中で公 開していなかったサン・ジュストの像を、頼んで見せて貰ったのよ」と話していました。

私が「ブレランクールでは、閉館していた博物館を頼んで開けて見せてもらいました」とお話すると、眉間に縦じわを寄せてこちらを見ていました。私がブレラ ンクールの「ル・グリフォン・ホテル」に泊まったと話すと、T氏は「私が行った時は修復中で泊まれなかった」と答えました。私はT氏と聖心女子大付属高校 の教師をなさっていたA女史が、仲良くホテルに付属した美術館の庭園で、撮影した写真を見せてもらいました。終了後、翻訳会に出席した40代の女性といっ しょに途中まで帰りました。彼女は「1994年のフランス革命200周年記念の時、パリ祭に参加しようと、T氏と一緒に一月パリで部屋を借りていた」と楽 しい思い出を話して聞かせてくれたので、「彼女と知り合ったきっかけは何ですか」とお聞きしました。その時「同人誌作りを通して知り合った」と聞きました し、翻訳会の雑談でもその話題が出た記憶がありました。また、自費出版の本を同人誌出版ルートで販売した場合、「同人誌」と言うのが一般的です。T氏は ネット上で「自分は同人誌など作ったことがない」と言いましたが、それは事実に反しています。彼女の誤った認識の中では、同人誌=卑猥な内容となっていま すけれど、現実には多数の年配の方が、純文学の同人誌を発表しておられます。

なぜ彼女が同人誌=卑猥な内容と思いこみ、真面目なアマチュア作家である同人誌制作者を、自分より一段低い位置にみなすのか、理解できません。スレッドで も、第三者から「サン=ジュスト研究会が同人誌を見下している発言は差別である」といった主旨の反論がありました。私も自分のHPで作品を発表し、同人誌 作りに参加している一人として、T氏の偏見を差別と言わざるをえませんでした。

私は彼女が、ネット上で周囲から反論されたことをかなり気に病んでいるだろうと思い、何とか心を和らげる方法はないものだろうか、と思案しました。
翻訳会が終わった後、T氏と仲良く写真に写っていた高校教師をなさっている方(A女史)が、チョコレートケーキをふるまって下さいました。この方は同じ事務所で源氏物語の研究会をなさっているそうで、私もいずれ参加してみたい、と期待しておりました。

それから、12月8日の講演会について、打ち合わせが行われました。
当日講演前に岩波小ルームに集まり、会場を整えること、講演が終わったら、みんなで食事をしよう、と誘われました。
私は家族の食事の世話もあり、公演後のおつき合いができるかどうか、未定でしたし、講演会の手伝いも、果たして自分が役に立つのかどうか自信がありませんでした。
しかしT氏の機嫌を損ねてしまったかもしれない、という引け目もあり、なるべくお手伝いに参加する意向だけは皆さんに伝えました。

その時、A女史が、12月8日の講演会チラシを皆さんに配布し、私にも1、2枚手渡しながら、「是非宣伝してほしい」と頼みました。
私はA女史に好感を抱いておりましたので、「何とかお役に立ちたい」と思いました。しかし私の周囲にはサン・ジュストについて知る人はおらず、手渡そうにも相手がおりませんでした。
そこで、私が8月2日に開設したばかりの歴史サイト「薔薇の王国」で宣伝してはどうか、と提案しました。私はあくまでT氏の代理として宣伝するのであり、 チラシの内容を編集する権利もなかったので、記載してあることをそのまま転載する、と約束しました。(「これをこのまま記載すればいいんですね?})
見たところ、チラシには研究会の連絡先と画像、講演会の内容などが書いてありました。
私は「私のHPは1日20~30程度のアクセスしかないけれど、歴史専門サイトなので、興味がある人は宣伝を見ると思います」と説明しました。

A女史は私の正面、T氏は私の左真横にあるT氏本人所有のIMACを設置した机につき、時々キーボードをいじりながら、私たちの会話を聞いていました。私 はT氏がちょうどネットをしていたので、「私にパソコンを貸して下さい。私のサイトをお見せします。それで宣伝してもいいか否か判断しませんか?」と声を かけました。「どんなサイトで宣伝するのか、本人がこの場で確認した方が、よい」と判断したからです。しかしT氏は、自分のパソコンを他人に触られるのを 拒否し、というより、私がキーボードに体を傾けると、嫌悪を示すように身をよじりながら、「URLを教えて。自分でやる」と答えました。
私は開設したばかりで、URLを暗記していなかったので、「今はわからないけれど、家に帰ればわかるので、後ほどメールで送ります」と答えました。T氏は無言でした。

私は帰宅して食事を終えた後、「薔薇の王国」のトップindex.htmlを更新しました。電話番号もあったので、ネット上において同人会が事務所の電話 番号を公開するのはごく自然なこともあり、何の不自然も感じることもなく、チラシの内容をそのまんま記載しました。自分のサイトのURLすら暗記できない 私が、事務所の電話番号を暗記しているはずもなく、かといってわざわざ電話番号を調べて記載する意味も必要もまったくありませんでした。ただし、チラシの 画像は、スキャナーがないため、使用できませんでした。T氏の代理として、チラシの通り記載するなら、サン・ジュスト研究会/T氏個人が権利を有する画像 を使わねばならなかったので、それならば研究会だとわかりやすいカタログで使用されていた画像を使うのが適切だろうと思い、たまたま、某氏の「フランス革 命大解剖」でその画像が掲載されているのを知っていたので、(当然なお某氏はT氏の承諾を得ていると思い)私も使用させて貰いました。最近(2006年5 月)になって、その画像が掲載されているページが、実はなおぺん氏の製作ではなく、T氏自身が、いわば間借りする形で作っているページだと知り、ますます 不都合はなかったものと確認しました。私は更新を終えてから、1時間以内にT氏のメールアドレスに「チラシの内容を記載しましたので、確認して下さい。不 都合があったら訂正しますので、連絡を下さい」と書いて送りました。やはりT氏に確認をしてもらって、了解を取った方が無難だと思ったからです。

T氏はそれに対して一切返事をしませんでした。私は自分が送信したメール内容が「不都合があったら連絡してほしい」だったので、連絡がないのは不都合がなかったもの、と解釈しました。
T氏は更新され宣伝されたその日のうちに、私のサイトを確認し、訂正なり追加なり、いつでも申し出ることが可能な状態でした。私はあくまで代理なので、彼女からの訂正依頼があれば、拒否するつもりも必要性もありませんでした。

それから10日ほどして、「サン=ジュスト研究会(P) 」というHNで同スレ乙12において、講演会を宣伝するレスが書き込まれました。過去ログでT氏と特定されている「オルガン」が、他の会員によるサン= ジュスト研究会内部の詳細が書き込まれることを非常に嫌がっていたことから、T氏自身の書き込みか、叉は、T氏が誰かに依頼しての書き込みである、と判断 しました。

この書き込みに対しては、唯一このスレで研究会のメンバーだと公言している私の書き込みではないか、といった疑問の声が寄せられました。しかし私はすでに 自分のサイトで宣伝しているので、あえてT氏の怒りを買ってまで、2ちゃんねる上に宣伝文を書く勇気も必要性もありませんでした。
また、別の第三者から、「この講演会についてどの検索にも引っかからないから研究会が宣伝しているんだろう」との指摘もなされました。私はわざわざ検索などしていないので、わかりません。
_____________________________
 45 名前: サン=ジュスト研究会(P) 02/11/11 15:55
「サン=ジュスト研究会」の宣伝部長(?)です(笑)。
 前スレがHTML化されるようで、見ることが出来なくなっていますので、以前にどなたかが
 書いてくださったようですが、改めて公開講演会のお知らせをさせていただきます。
 詳しくは下記サイトをご覧下さい。
 #http://www.saint-just.ne.jp (研究会のトップページ)
 #http://www.saint-just.ne.jp/adachi.htm (公開講演会)

 サン=ジュスト研究会主催:第4回 公開講演会
『フランス革命期の女性たち ―サン=ジュストとその時代―』

 講師:安達正勝(フランス文学者)
 日時:2002年12月7日(土)午後2:30~4:30
 会場:岩波セミナールーム(東京神田神保町:岩波ホール裏)
 会費:500円

 ☆どなたでも参加できます。関東地区の方、是非ご参加ください。(乙12)
_____________________________
また、別の第三者から、「私(おサル)があまりにもT氏=カメレオンI世 ◆qBS27nfd8cに従順であるのはおかしい」との意見も出ました。
確かに今まで自由に意見を述べていた私が、T氏に気を使って、極力機嫌を損ねないようしていたのは事実でした。会長と新入りの会員という立場の上からも、「何らかの圧力があったのではないか」と、怪しまれても不自然ではありません。
実際のところは、掲示板上で命令されたり中傷されたりしただけで、T氏の口から直接命令されたわけではありませんでした。現実の彼女は不機嫌で、私と口をききたがらないだけでした。

T氏は、第三者の発言に神経質に反応し、「鬱陶しい」と発言しました。
私は仕事で疲れていることもあり、T氏=カメレオンI世 ◆qBS27nfd8cにスレッド上で呼ばれても、スレッドじたいを見ていない事もあり、即レスポンスできませんでした。しかし、T氏=カメレオンI世 ◆qBS27nfd8cは、私が気を悪くして沈黙していると解釈したようでした。実際には私には気を悪くする理由がありませんでした。

運が悪いことに、T氏に反論する人が現れました。もちろん私ではありません。
彼女は不機嫌になり、こちらに矛先を向けました。私はこれといって第三者から反論されるようなレスは書いていないので(T氏以外には)誰にも批判されない のは自然ですし、T氏はそれが不満なようでした。私が書いたレスを取り上げ、「突っ込みどころ満載の 稚拙な理論」と中傷しました。私はT氏に何ら反論していないのに、突然手のひらを返すような暴言に驚きました。
親しくしているように見せかけながら、内心見下されていたかと思うと、裏切られた気がしました。
と同時に、T氏が反論される都度、私が引き合いに出され、八つ当たりされることに疲れました。

 

bottom of page