エリザベス女王は、どうやってワインを飲んだのだろうか?
~V&A美術館所蔵品から見た16世紀~

(ヤコボ・ヴェルツィーニ工房作、1586年の刻印 V&A美術館所蔵)

 英国で、最初に国産の高級ガラス細工(ヴェネチアン・グラス)の製造に成功したのはヤコボ・ヴェリツィーニ(1522~1606)の工房だった(上の図)
 最初の作品は現存していないと思われるが、1586年製作のゴブレットがV&A美術館に残されている。
 グラスの縁にそって「神よ、女王エリザベスを守り給え1586年 RP,MP」と刻印がある。
 MPまたがRPという頭文字の人物からの女王への献上品か、MPまたはRPという人物が最初に持っていた品物が、後に女王の所有物になったか、どちらかであろう。

 国産で高級ガラスが製造されるまで、ガラスはイタリアやフランスから輸入される極めて高価な品だった。
 英国国教会も含むプロテスタントでは、儀式にイエスの血のシンボルとしてワインが使われた。(カトリック教会ではイエスの血がワインになった、という奇跡を信じたが、プロテスタントはシンボルに過ぎない、と考えた)
 1560年以降、英国教会では、そうした儀式用ワイン杯も統一した。
 信者は礼拝時には、きっちり規定した型の銀製杯(シルバー・ゴブレット)でワインを一口ずつ回しのみした。        
(下の図。1568~1569年の刻印のある教会用銀製ワイン杯
 サリー州ブレッチングリーの聖母マリア教会伝来・V&A美術館所蔵))

 

 ガラスが壊れやすい輸入品で非常に高価だったのはわかった。
 だったら、普段は何を使っていたのだろうか。
 英国人は輸入物のワインではなく、国産のビールやエールを愛飲した。
 1550年、英国を訪れたフランス人の記録によれば、英国は他のヨーロッパ諸国と異なり、金属製の蓋や取っ手のついた陶器のジョッキやゴブレットでビールを飲んでいた、という。
(この時代のビールはまだホップを使っていない、アルコール度の低いものが主体だった。逆にワインは甘みが強くアルコール度が高い。特にドイツ産は強かった。エールはビールより発酵がゆるい。当時は生姜、砂糖などいろいろ加えて飲んだ)

 しかし、陶器もまた16世紀後半まで輸入品が主流を占めた。ドイツ・ライン流域の陶器は安価で、数ポンドで手に入った、という。ドイツ製以外には、イタリアやスペイン、オランダ製の輸入品も好まれた。
 取っ手と縁の部分は壊れやすいので、銀や銅で付け足すか、メッキ加工した。
 ドイツ製陶器は、上塗りの色が茶色~黄色がかっていたせいか(?)「tigerware(虎焼き)」と呼ばれていた。
 陶器そのものにはほとんど飾りはなく、無地。そのかわり、金属部分に神話や聖書の一節などの装飾をした。

 

(1550年の刻印あるtigerwareのゴブレット V&A美術館所蔵)

 1580年代、国産化に初めて成功したとはいっても、16世紀のガラス製品が超貴重品であることに変わりない。
 ガラス製品が工業製品としてようやく普及し始めるのは、産業革命以降、ビクトリア女王時代に入って後である。
 女王も、普段の食卓では銀か銅、または華麗に装飾した陶器のゴブレットを使っていたかもしれない。
 やがてエリザベス朝後半になり、陶器もまた国産品が登場する。
 ハンプシャーとサリー州の境界線付近にある白粘土層は、陶器作りに適していたので、この地方産出の陶器が残されている。

 上の図は1575~1600年製造刻印のある、ハンプシャー&サリー産陶器。
 どことなく日本の陶器を思わせる緑色は、鉛を含んだ酸化銅の釉薬の色。
 この釉薬を塗ることで、陶器の表面を強化し、中身の漏れを防いだ。
 左端の水差しは口の部分に金属を取り付け跡があるので、蓋の部分は消失してしまった、と思われる。真ん中の壺は口が狭く、蓋は同じ陶器製。小型なので調味料入れだろうか。
 右は現在の水差しにもよく見られる形(いずれもV&A博物館所蔵)

 さて、飲み物を持ち運ぶ場合はどうしたのだろう。

 エリザベス女王のピクニックを描いた版画を見てみよう(大英博物館所蔵「The Booke of Hunting」)
  ※絵をクリックすると、大きい画像が見られます

 ハンティングも終わって、さあ楽しいピクニックのお弁当タイムだ。

 女王は木の下に座り、テーブル代わりに広げられた敷物の上に並んだご馳走を見おろしている。
 いちいち女王がかがんで取ったりしない。侍従がうやうやしく、皿を取ってオススメするのである。

 

 大量の飲み物は樽で運んだ。その後、陶器製とおぼしき容器に移し替えられて、それから各人の杯に配られた。この版画では、樽の正面に3つ、気が抜けないように口の狭い容器が並んでいる。
男がその容器の1つを持って、金属製の平たい杯に飲み物を注いでいる。

 

手前では少年らしい2人が、フタ付きの水差しをラッパ飲みしながら何かを囓っている。
左側では現在のランジェリーボックスによく似た、内側に布を貼ったバスケットから、大量のトリの丸焼きを取り出している最中.。

                 
 図の中の壺は、不透明と思われる表面の材質からいって、陶器ではなかろうか。
 また、ヨーロッパでコルク栓が普及し始めたのは17世紀以降である。
 この時代にコルクとガラス瓶の組み合わせは極めて特殊だったと思われる。
 かといって、上にあるような緑の釉薬をかけた壺は東洋的で、英国産といってもピンと来ないかもしれない。
 単純に芸術的に洗練されなかっただけで、陶器好きは英国人も変わらなかったのだろう。
 ちなみに、現在の英国では、ワインはグラスで出されるのが一般的である。