その名はどこから来たのか?
~チューダーの名前の由来~
日本人にとって、名前は名前以上の神秘的な存在であった。
本名とは、本人といえども滅多に口にしなかった。ましてや他人に本名を尋ねるという行為は、大変重要な意味を帯びていた。男性が未婚の女性に名前を聞くことは、即プロポーズの意味があった。
(万葉集「たらちねの 母の呼ぶ名を申さめど 道行く人を誰と知りてか」)
下って平安朝、本名は正式に官職を任命した時だけ、台帳に記されるものだった。
普段はあだ名や役職名、住んでいる場所や立場などで呼ばれた。
たとえば清少納言は、夫が少納言の地位にあり、本人が清原氏の出身であったために「あだ名」として「清少納言」と呼ばれたが、本名は不明である(「諾子(なぎこ)」との説もある:角田文衛著「平安の春」)
台帳に残された名前も、発音に諸説があって、仕方ないので音読みしているのが現状だ。
角田文衛のような国文学者は自信をもって訓読みするが、音読みするのが一般的だろう。
(角田氏は「定子」を「さだこ」と書くが、「ていし」の発音が一般的
)
ヨーロッパではどうだったろうか。カトリック諸国、例えばスペインやフランスでは、洗礼の際に聖人の名をつける事が多い。
例えば、マリー・アントワネット(マリア・アントニア)やルイ・アントワーヌ・サン・ジュストの場合、アントワネットもアントワーヌも、聖書外伝である「黄金伝説」に出てくる(注聖者アントニウス にちなんだ名前である。
フェリペ2世とフランス王女イザベラとの間に生まれた第1王女イザベラ・クララ・エウフェミニアは、「イザベラ」は実母の名から、クララも(注エウフェミニアも、ともに聖女の名であった。
メアリーが聖母マリア、エリザベスが聖母の従姉妹エリザベツ、アンが聖母の母アンナなど、新約聖書のメジャーな人物にあやかった名前である。
英国ではどうだったか。英国名は、肉親や恩人の名にちなむことが多く、聖人に由来することは少ない。
たとえばヘンリー7世第2王女メアリーの長女は、「フランシス」である。これはメアリーの再婚に反対したヘンリー8世を説得したフランス王フランソワ1世に感謝を込めた命名だった。
ヘンリー8世の第1王女メアリー(後の女王メアリー1世)の名も、叔母メアリー王女から貰った名であった。
また、ヘンリー8世側室メアリー・ブーリンの名も、同じメアリー王女にちなんだものだった。
メアリー王女の姉、マーガレット王女は、父方の祖母マーガレット・ボーフォートから来た名前だった。
ではエリザベスはどこから来たのだろうか。
最初の「エリザベス」は、エドワード4世王妃エリザベス・ウッドビルである。
彼女の母の名はジャクリーヌ(ジャケッタ)なので、おそらく 聖女エリザベス から貰った名である。
その娘/エリザベス・オブ・ヨーク(ヘンリー7世王妃)の名は明らかに実母にちなんだ命名である。
女王エリザベス1世の名は、祖母のエリザベス・オブ・ヨークと、曾祖母エリザベス・ウッドビルにちなんで付けられた名であった。
また、生まれてすぐに亡くなったヘンリー7世末子のキャサリンは、スペインから嫁いできていた皇太子妃キャサリン・オブ・アラゴンにちなんでいる。
キャサリンの由来は、アレキサンドリアの聖カテリーナであろう。
→次は「名前の由来になった聖女たち」
参考資料/
Tudor Bastard by Heather Hobden
The Tudor place Jorge H. Castelli
平安の春 角田文衛 朝日新聞社