モルの伝記/「スリのモル~その真実の歴史~」②   

 

 

 現存するモルの版画では、モルは羽根飾りのついた山高帽をかぶり、ズボン姿で剣を持ち、スパスパとパイプを吸っている。誇張なのか現実なのかわからないが、「男女」のパンフレットの表紙を飾る女たちといい、モルの肖像画といい、とれも皆顔がごつくて、体格がいい。
 小さくてわかりずらいかもしれないけれど、下の絵を見て欲しい。
 1620年正月に出版された「女男(Haec-Vir)」の表紙である。

 右が「女っぽい男」で、フリルのついた短パンをはいて、手には羽子板と羽根を持っている。
 左は「男女」で、ドレスのように長い上着の下にズボンをはき、手には銃、靴には拍車がついている。
 こういったたくましい女たちが、顰蹙を買いながらも、「反逆精神のシンボル」として世間から熱狂的人気をえていたのである。

 1611年のある日、モルはリュートを手に幸運座シアターの舞台上に登場した。
 出し物はトーマス・ミドルトン作「Roaring-Girl」・・・
 「Roaling」とは「うるさい、騒々しい、大声で脅す」という意味だが、この時代、「Roaling-Boy」といえば、徒党を組んで暴れる不良少年をさしていた。で、その「Boy」を「Girl」に入れ替えると、モルになる。
 楠明子訳では「大声の女」、松村赳訳では「鉄火娘」となっている。
 私は「うるせぇ女」とでも訳しておく。
 さて、この劇はなかなかおもしろい。

 主人公=ロンドンの富豪ウェングレイブ家の跡取りセバスチャンには、悩みがあった。
 彼にはメアリー・フィッツァラードという、貧乏貴族出身の恋人がいて、結婚するつもりだったが、守銭奴の父が「持参金が少ない」といって反対しているという。
「なあ、モル。何か良い考えはないかなあ?」
 セバスチャンと友人のモルは、腕を組んで考え込んだ。

 それから数日後、セバスチャンは突然父親の前に現れて、宣言した。
「父さん、僕、父さんの言うとおり、メアリーとの結婚はあきらめたよ!」
「ほう、やっとわかってくれたか。」
「やっぱり貧乏人は駄目さ。うんと稼いでくれそうな新しい恋人を見つけたよ」
「え?(イヤな予感)それはまたずいぶん早いな、まあいい、今度その娘を連れてくるがいい」
「今度なんて言わないでよ、父さん、今だよ、今すぐ紹介するよ。こちらはメアリー・フリスさん。あだ名はモルだよ。おいでよ、モル、僕の父さんだ」
「はーい、おこんばんわ。私がモル。よろしくね、親父さん」
 男装で、パイプ片手に現れたモルは、挨拶代わりに親父さんの顔に、プーッと煙を吹きかけた。
 父親は叫ぶ

「なんだ、こいつは、何と呼んでいいのかわからないじゃないか!人間として創造される前にこの世に生まれてきたのか、男というより女?女というより男?どっちだ?」

 その後父親は必死で2人の仲を裂こうと、モルを陥れようとしたり、息子を説得したりと右往左往するが、最終的には作戦通り、「モルと結婚するぐらいなら、前の恋人メアリーと結婚してくれた方がマシ」と根をあげる。
「しょうがないねえ、私は諦めるとするか」
と、モルはカラカラ笑い、セバスチャンとメアリーは無事結ばれたのだった。

 脇役だったモルは、この後主人公となり、不埒な男どもをやっつける。
 プレイボーイのラックストンはモルに興味を持ち、金を握らせて、近所の空き地に誘う。
 しかし現れたモルは、剣を抜いて叫んだ。

「私はあんたみたいな男たち、全てに挑戦してやる!男たちの甘言や、馬鹿な女をとりこにする金の魔力にもね。路頭に迷うお針子や、商売に失敗した夫を持つ妻は、エサに食いつかなかったら喰い殺される魚同然。こういう腹ぺこの女は、男が下ろすエサにすぐに飛びつく。あんたたち女ったらしの餌食なのさ!。」

 ラックストンはモルに復讐しようと、元兵士だったトラップドアを雇ってモルを襲わせる。
 しかしモルにこてんぱんにやっつけられ、子分になることで許してもらうのだった。
 一方ラックストンは商人の妻たちを次々誘惑して、騒動を起こす。
 そんな様子を眺めながら、モルはしみじみ思うのだった。

「私は結婚なんかしないよ。ベッドで大の字になって眠りたいのさ。妻は夫に従順になれって?気の強い私にできっこないさ。独身なら、自分自身の【頭】でいられる。女だって男並みにやっていける。」

 こうしてモルは高らかに自分のポリシーを叫び、会場は200年後のロックコンサートのように熱狂の渦に包まれたのだった。

 

 1612年2月、再びモルはハデなパフォーマンスで人目を引いてみせた。
 その日は日曜日、舞台となったセントポール大聖堂では日曜ミサが行われていた。
 そこに白いシーツを体に巻き付けたモルがぐでんぐでんに酔っぱらって登場し、声をあげて泣きながら、自分の罪を懺悔し始めたのである。

「私は飲み屋やタバコ屋や芝居小屋に男の格好で入り浸っていました!9ヶ月ぐらい前に、幸福座シアターで男装をしてブーツをはき、剣をさして観劇しました!その時居合わせた人たちに、自分は男に見えるかもしれないが、宿屋に来たら女の証拠を見せてやる、などと、はしたない発言をしました。舞台に上がってリュートを弾き語り、神を罵倒し犯罪者ともつき合いました!!!今後は心を入れ替えて、真っ当な人生を歩みます!」

 もちろんこんな茶番はモルの意志ではなく、ロンドンの英国国教会から圧力を受けた結果だった。
 この時モルは、白ワインほとんど1瓶、飲んでいた、という。
 ようするに、真面目に懺悔するつもりなど、全然なかったのである。
 ちなみに、なぜ白いシーツを巻き付けていたかというと、この時代姦淫の罪を犯した女性は、白いシーツをかぶって晒し者にされる慣習があったからだ、という。
 モルは売春など、性的な犯罪は犯していないと宣誓しているが、「ハレンチだ」として、姦淫に準ずる罰を受けたのだろう。

 1620年、ジェームス1世が男装排斥キャンペーンを行った後でも、モルは男装を続け、地区のスリ組合の幹部として君臨し続けた。
 ピューリタン革命にあっては、ロンドンは議会革命軍の拠点であったにもかかわらず、熱烈な王党派であった。 
 革命直前の1638年、チャールス1世がスコットランドの反乱を鎮圧してロンドンに戻った時には、お祝いに自宅近くの水道管にワインを流して住民に振る舞い、チャールス1世が通過した時には歓声を上げた。
 また、女性達が議会に向かって停戦及び レヴェラーズ(平等主義者)の解放を呼びかけて請願デモを行った時、議会は
「女は家に帰って皿でも洗っていろ」
と追い返した。それに対してモルは、
「そんなひどい言葉を使うのはやめて、早く流血から手を引くべきだ」
と反論した。
 おそらくモルは、ピューリタン革命の真の目的が男同士の権力闘争であることを見抜いていたのだろう。

 やがてモルは、大胆な行動に出た。
 革命軍総司令官フェアファックス将軍を襲撃して腕を撃ち、馬2頭を殺した上に、金を奪った。
 革命軍の追撃を受けたモルは、ターナム・グリーンで捕まり、ニューゲート刑務所にぶち込まれた後、死刑宣告を受けた。
 しかし2000ポンドもの大金と引き替えに、脱出したのだった。

 モルは1659年、75歳という当時としては高齢で世を去った。
 フリート街の自宅のベッドの上で、天寿を全うしたのである。

 モルはシェークスピアのヒロインのように、自分を隠すために男装したわけでもなければ、ジャンヌ・ダルクやオスカルのように、神様や父親から強制されたわけでもない。
 自ら選び、勝ち取った人生だった。その生き様は、思わずニヤリと笑いたくなるようなしたたかさとともに、清々しさを感じる。
                 
        

 参考資料/
英国ルネサンスの女たち 楠明子 みすず書房1612
エリザベス朝の裏社会 サルガード 刀水書房
エドモンドの陽気な悪魔 エリザベス朝喜劇10選/小野正和訳 
早稲田大学出版部