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 「ガ…ガーメン(革命)」

 秋人《あきと》は裏道を走っていた。
 仲間の広東《かんとん》語の叫び声が路地裏に木霊《こだま》する。
 両側にそそり立つビルの群。その間から見える空は切れっぱしのようだ。

 「ガ…ガーメン」

 

 しだいに仲間の声が数を減らしていく。
皆、秋人と同じように警察に追われて散り散りに逃げているのだ。
 ビルの間に覗く空がどす黒い色に変わっていく。
 時は7月、海からの風が雨を呼ぶ季節だった。
この上も無く蒸し暑い大気の中で、秋人は冷たい汗をかいていた。
秋人が入った露地の先は、行き止まりだった。

 小さな広場を中心に、周囲をビルが取り囲んでいる。

(俺は自殺しない)
と、秋人は仲間に誓った。俺が死ぬときは、戦って敗れた時だけだ。
だが、今は一人きり、武器も無く、戦える状態ではない。
 警察はたぶん秋人を撃ち殺したりしない。生け捕りにして護送するだろう。
 そして…そして…

 秋人は恐ろしい想像を振り切るように、向かい側のビルの裏口を目指してダッシュした、。
流れる汗が後ろに飛んでいく。
 その瞬間、突然何者かに腕を掴まれた。秋人は後ろに引きずられて足を滑らせた。

 
ガンッ!
 半回転して地面に叩きつけられた。頭に衝撃音が走る。


「く…」


 痛みとショックで声が出ない。
 もう走れない。
 秋人の全身に、急速に絶望感が広がっていく。



 「何してるんだ?」
 頭上から声がする。少年のように若々しい声。


(何って見ればわかるだろう、俺は転倒したんだ、いや、逃げてるんだ!)


 と、言い返したくても、声が出ない。



「まず立てよ。ほら」


 誰かの腕が力強く、秋人を引っ張って立ち上がらせた。
逞しい30がらみの筋肉質の男。


 だが、声はそいつのものではない。
男の背後にいる存在。褐色がかった髪が肩にかかる、色白の少年だった。
ひと目見て、筋肉質の男は少年の命令に絶対服従する下僕に過ぎない、と直感した。


「車を」


と少年が呟くと、地味な色のメルセデスAMGのエディション1が、静かに脇に止まる。


 男が丁寧な手つきでドアを開き、次にやや乱暴に秋人を後部座席に押し込んだ。


 少年はごく自然な動作で隣に滑り込んだ。

 車が走り出したと同時に、路地裏に
警察の一団がなだれ込んできた。


 車はまるで誰もいないかのように、広場の出口に向かう。
警察官たちが車を取り囲み、ゴーグルで顔を隠しながら高圧的に窓を叩き、
「開けろ」と命じた。

 筋肉質の男は平然と窓を開け、低い声で


「陳大人(チャンターヤン)の跡取りの車だ」

と答えた。
 次の瞬間、警察官たちは顔を見合わせ、ぎこちなく道を譲った。
 その様子は、目に見えない腕が押しのけたかのようだった。
逮捕するはずの秋人が見えていても、手出しはできない。


「誰だ?」
と、秋人が呟いた。


「陳大人のご子息だ」
筋肉質の男は無表情に答えた。

 少年は男を「高(コウ)」と呼んでいた。




 

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